甲府地方裁判所 昭和28年(ワ)117号 判決
原告 依田良一
被告 窪田穰
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は申立人被告、相手方原告及び訴外河野正一間の甲府簡易裁判所昭和二十七年(ノ)第五六号持分請求調停事件につき同年十二月二十日成立した調停は無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める旨申立てその請求原因として被告は原告及び訴外河野正一に対し甲府簡易裁判所昭和二十七年(ノ)第五六号持分請求の調停を申立て同年十二月二十日右当事者間に調停が成立しその条項は(一)訴外河野正一は原告と共に金拾六万円宛平等の出資によるアイスクリーム及びアイスキヤンデーの共同事業(組合)に関する自己の持分権全部を被告に譲渡すること。(二)被告は訴外河野から前項の権利を譲受け同項の組合に関し同人の有する権利義務一切を承継すること。(三)原告は訴外河野がその持分権を被告に譲渡し同組合から脱退すること、及び被告が同組合に関して河野の有する権利義務一切を承継することを承認する。(四)訴外河野及び被告は本日限り第一項掲記の組合を解散すること。(五)被告は原告に対し第一項掲記の組合に関し被告の有する機械器具その他一切の持分権利を金拾万円を以て譲渡すること。(キヤンデー製造機械及び冷蔵庫等附属品一切の所在、中巨摩郡小笠原町二百五十九番地、原告依田良一宅に存するものとする)。(六)被告は本日原告に対し前項の機械器具の簡易引渡を了したことを認める。(七)原告は前項記載の譲渡代金拾万円を分割し昭和二十八年一月末日限り金参万円同年八月末日限り金七万円をいづれも被告方に持参して支払うこと。(八)原告は第一項記載の組合に関して生じた債権債務については一切之を引受け又被告は訴外河野に対し他に何等債権債務のないことを互に承認する。というのである。而して右のような調停が成立した経過について述べると、原告は昭和二十四年六月中訴外河野正一と共同して原告方においてアイスキヤンデーの製造販売をなすことを計画しその際河野は高知式と称する時価金弐拾四万円のキヤンデー製造機械を設備し尚これに附属する機械設備費として金八万円かゝり合計金参拾弐万円の費用が必要であるというので右費用を両人において折半し各自金拾六万円を出資し尚利益も右出資に応じて分配することを約し原告は右拾六万円を河野に支払い同人において一切の設備を行い同月二十日開業するに至つた。かくして昭和二十四年度には各自金拾弐万円、昭和二十五年度には各自金七万円の利益配当を得たが同年十月中開業以来の所得税、事業税、遊興飲食税をはじめその他の営業の費用全部は原告において負担して来たのでこれらの関係を考慮し河野の話合のうえ昭和二十六年度以降は原告単独で営業を行つて来た。しかるところ昭和二十七年十月被告より、同人は河野に対して金六万円を融資しており内金四万円の返済がないから右アイスキヤンデー製造販売事業に関する河野の持分権を譲受けたい旨の申立が為されたが原告はこれを承諾しなかつた。そこで被告は原告及び河野を相手取り前掲調停の申立をしたのである。右の如き経過により右調停の成立に際つては(イ)原告との共同事業に河野が当初金拾六万円を出資していること。(ロ)アイスキヤンデー製造の機械の時価が金弐拾四万円であること。(ハ)調停成立当時においても右機械の価格は右同等若しくはそれ以上の価値があると為されたこと。等が前提となり原告は右調停に応ずる意思表示を為したものである。ところがその後(イ)河野は営業開始当時金拾六万円はおろか全然出資はしていないこと。(ロ)キヤンデー製造機械は高知式ではなく安価なもので金六万円程度のもので現在においては金七万円位の価格のものであること。(ハ)河野には折半の共有権は勿論何等の割合による共有持分権も有しなかつたことが明白となつた。それならば前掲調停条項に定められたような被告が河野から譲受けることのできる持分権は存在せず従て原告が被告より右持分権を金拾万円を以て譲受ける理由もない。右調停は全くその前提となる前掲事実につき原告が錯誤を生じその結果為された意思表示に基いて成立したものであるから無効である。仍て原告は右調停の無効確認の判決を求めるため本訴請求に及んだ次第であると陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め答弁として原告主張事実中昭和二十七年十二月二十日被告と原告及び訴外河野正一間の甲府簡易裁判所同年(ノ)第五六号持分請求調停事件について原告主張のような条項による調停が成立したこと、原告と訴外河野が共同して原告方においてアイスキヤンデーの製造販売を行うことを計画し各自金拾六万円を拠出し利益分配の割合を折半と定め、河野においてその設備を為し昭和二十四年六月二十日開業したこと、右営業につき昭和二十四年度においては各自金拾弐万円、昭和二十五年度においては各自金七万円の利益分配を受けたこと並びに被告の申立によつて前掲調停が成立したことは認めるがその余の主張事実は総て否認する。而して右アイスキヤンデー製造販売の開業に際し訴外河野は自己の所有するアイスキヤンデー製造機(価格金拾四万五千円)函(金四万五千円)アンモニアカルシユーム(金弐万円)貯蔵庫(金壱万円)アイスクリーム器(金弐万円)モーター(金弐万円)を原告方に備付け右機械の設置井戸電気設備等に金六万円を要し結局合計金参拾弐万円の費用を要したので之を折半し原告と河野において各自金拾六万円の出資と為したものである。前掲調停成立当時においても右機械等の価格は金弐拾六万円或は多少それを下廻るものとして譲渡代金を金拾万円と定めたものであつて原告もこれを十分知悉していたのであるから原告の意思表示には何等錯誤は存しなかつたものであると述べた。<立証省略>
三、理 由
被告を申立人、原告及び訴外河野正一を相手方とする甲府簡易裁判所昭和二十七年(ノ)第五六号持分請求調停事件につき同年十二月二十日原告主張のような条項を以て調停が成立したことは当事者間は争がなく証人河野正一、同中沢一男並びに被告本人の各供述によると被告は昭和二十七年五月頃訴外河野正一から同人と原告間のアイスキヤンデー製造販売の共同事業における同訴外人の持分権を代金拾万円で譲渡を受けたが原告は之を拒否するので被告は原告と同訴外人を相手方として右持分権譲渡の確認を求める為前掲の調停の申立をした結果、前認定のように同訴外人は改めて被告に対しその持分権を譲渡し、原告は右譲渡を承認し更に被告は右譲渡を受けた機械器具その他一切の持分権を原告に対し金拾万円を以て譲渡することとし原告は右持分権の存在を認め之を譲渡けることを約したものであることが認められ他に反対の証拠はない。それならば右調停において争の目的にせられた権利に右アイスキヤンデー製造販売の共同事業における同訴外人の持分権であるということができる。原告は調停成立の際同訴外人は前掲持分権を有するものと認識し該調停に応じたものであるが同訴外人には出資の事実がなく従て持分権を有しないことが判明したので右は原告の錯誤に基く意思表示によるものであると主張するけれども、調停において当事者間に合意が成立し之を調書に記載したときはその記載は裁判上の和解と同一の効力を有するのであつて右当事者の合意は一面において私法上の和解契約の性質を有するものであるから、和解に関する民法第六百九十六条の規定は調停における合意についてもその適用があるものと解するのが相当である。それならば原被告間に譲渡せられた持分権は右調停における争の目的とせられた権利に該当するから同法条の適用によりこれが存否に関する錯誤はもはや主張し得ないこととなるので原告の右主張はそれ自体理由がない。次で原告のキヤンデー製造機械の価格に関する錯誤の主張について判断してみるに成立の争のない甲第一号証によると右機械一台の見積価格は金弐万円とせられており又証人依田志ま江並びに原告本人は調停成立当時右機械は金弐万円乃至金七万円の価格を有するに過ぎなかつた旨の各供述をしているけれども之等の証拠は後掲各証拠と対比するときはにわかに措信し難いことであつてむしろ前認定の調停条項、成立に争のない乙第一号証、証人河野正一の供述を綜合すると原告と訴外河野正一は昭和二十四年五月十九日出資しその利益も折半することと定めてアイスクリーム及びアイスキヤンデーの製造販売を行うことの組合契約を結び同訴外人は右契約に基き自己所有のアイスキヤンデー製造機一台、アイスクリーム製造機一台、モーター及びその附属品、冷凍箱及薬品を合計金弐拾六万円と見積つて之を原告方に設備しその他家屋の模様替、電気及び井戸の設備等に金六万円を要したのでその合計金参拾弐万円を折半し各自金拾六万円宛の出資としたものであつて、前掲調停において同訴外人は右組合契約における自己の持分権を被告に譲渡して同組合より脱退し更に被告は右譲受けた持分権を金拾万円を以て原告に譲渡したものであることが認められ、同訴外人は右組合契約により昭和二十四年度においては金拾弐万円、昭和二十五年度においては金七万円の利益の分配を受けたものであることは之亦当事者間に争のない事実である。而して組合契約における組合財産は各組合員の共有に属し各組合員の持分権なるものは組合に対する包括的権利義務の割合をいうのであつて退脱若しくは解散に依つて始めて具体化せられる性質のものである。それならば右認定のように訴外河野正一はその持分権を被告に譲渡して同組合より脱退し被告も亦その持分権を原告に対し金拾万円を以て譲渡したものであるから、その持分権の価格算定の基礎となるべきものは右調停成立当時における組合財産の全部であつて単なるアイスキヤンデー製造機一台の価格ではないし、又右機械が高知式であるか否やの如きは右持分権の重要な内容ではない。しかも鑑定の結果によると前認定により組合財産の一部と見るべきアイスキヤンデー製造機、モーター貯蔵庫、アイスクリーム製造機、電気装置井戸等の昭和二十七年十二月当時における価格だけでも合計金弐拾参万円となることが認められるから訴外河野の持分権を金拾万円と算定して之を譲受けることを約した原告の意思表示には何等錯誤があつたものと認めることはできない。被告本人の供述中右認定に反する部分は之亦措信し得ないし他に以上の認定を左右し得る証拠はない。
仍て原告の本訴請求は失当として之を排斥することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 杉山孝)